アーティクル

天外内トレーニング

日本でキリストの弟子となるために

宣教戦略シンクタンク「RACネットワーク」福田充男

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最終回 教会に与えられた5つの機能

あなたはどのタイプ?

互いに祈り合うとき、決まって同じことをリクエストされる方がいます。たとえば、ある婦人は、いつも「福音を大胆に語ることができるように祈ってください」とおっしゃいます。この人は、楽しそうに伝道されます。

 

別の青年は、「神様とメチャ仲良しになれるように、そして、友達とよい時間を過ごせるように祈ってほしい」と言います。彼は、心傷ついている人を見ると、実に自然に、優しく寄り添います。

 

エペソ人への手紙4章11節には、「キリストご自身が、ある人を使徒、ある人を預言者、ある人を伝道者、ある人を牧師また教師として、お立てになったのです。」と書かれています。先の婦人は伝道者として、青年は羊飼いとして立てられているとは言えないでしょうか。

 

私はときどき、リーダーたちに次のような質問をします。

 

「4人の人がいるとします。あなたは、次のどの人と最も長く時間を過ごしたいですか。1人目はリーダー候補者、2人目は未信者、3人目は傷ついている人、4人目は明らかに思い違いをしている信者。もし、誰とも関わりたくないと思うなら、それでもOKです。」

 

1人目の「リーダー候補者」を選んだ人は、使徒的な情熱を持っている可能性があると思います。新しい領域で働きが進展するために、ムーブメントの土台となるリーダーを育成し、ビジョンと戦略を分かちあうことが使徒の役割だからです。

 

2人目の「未信者」を選んだ人は、伝道者かもしれません。伝道者は、失われている人たちがキリストに出会うために熱心に働き、その存在と証しを通して教会を外の世界へと方向付けます。

 

3人目の「傷ついている人」を選んだ人は、牧師の賜物のある人だと思います。いわゆる職業的な牧師ではなく、羊飼いのスピリットを持つ人、と言った方がよいでしょう。ケアが必要な人たちに愛を示し、人々が神と正しい関係を保つことができるように、また互いに助け合う交わりの中で成長することができるように、人々を結びつけようとします。

 

4人目の「思い違いをしている人」を選んだ人は、教師的だと思います。思い違いをして混乱している人たちを教え、教会が真理に立ち続けることができるように、規範である聖書から解き明かそうとするのです。

 

そして、「該当者なし」は、預言者の特徴があります。預言者には、人と時間を過ごすよりも、神と時間を過ごしたいと思う人が多いからです。そして、神ご自身の心にある様々な情報を受け取り、それを教会と世界に開示します。

 

5つの機能のバランス

教会に与えられた5つの機能のうち、どれか1つが支配的になると、全体のバランスが崩れて、成長することも、使命を果たすこともできなくなります。

 

たとえば、使徒機能が支配的な教会は、中途半端な結果しか残せません。リーダーたちは絶えず新しい未開拓のフィールドに目移りしてしまい、新しい計画が軌道に乗る前に次の計画を立てようとするからです。

 

預言者機能が支配的な教会は、直感的な印象に振り回されて迷走します。超自然的な神の介入に期待するあまり、地道な努力を正当に評価しない傾向があります。

 

伝道者機能が支配的な教会では、未信者を魅了するイベントを通して回心者が起こされますが、育成のためのチャレンジは不得手です。いつも同じような未信者向けの教えが反復されます。

 

牧師機能が支配的な教会は、時々現われては消えていきます。人々は心の癒しを求めて教会に集まりますが、一時的に殺到するために、スタッフが対応できなくて燃え尽きることが多いからです。

 

教師機能が支配的な教会では、人々は新しい情報や感動的な洞察を提供する教師に依存するようになります。

 

日本の多くの地域教会は、教師機能が強く、超教派団体は伝道者機能が強いと思われます。牧師機能の強い教会や預言者機能の強い教会が海外のブームが波及する形でときどき注目されますが、使徒機能の強い教会は大概アイデア倒れで埋没しています。

 

問題は、それぞれの持ち味を持った神の民が、バラバラに活動しているという点です。

 

使徒と預言者が土台

これら5つの機能が結びつくのは、使徒機能と預言者機能という土台の上でしかありません(エペソ2・20)。すなわち、地をキリストの弟子で満たすという使徒的ビジョンと戦略が、預言者のように神の声を聞くことによって展開していきます。

 

使徒は、「さらに遠くに派遣するための道を示す地図」を読み、預言者はカーナビのように目的地までの道を案内します。この大枠の流れの中で、大胆に福音を伝え、神との関係や人々との関係を修正し、聖書に照らして原則を検証しながら、働きが進んでいくのです。

 

使徒と預言者が土台だという意味を、主に使徒の働き20章のパウロの告別説教から、天、外、内の順番で説明いたしましょう。

 

まず「天」の要素は、神との交わりの直接性を保つことです。パウロはエペソの長老たちを、自分に結びつけないで、「神とその恵みのみことばとにゆだね」(使徒20・32)ました。

 

伝道者は伝道プログラムによって、牧師はいやしのミニストリーによって、教師は洞察に満ちた聖書解釈によって、人々を自分たちに依存させてしまうことがあります。しかし、旅人である使徒と預言者は去り際を知っているので、人々が直接神から教えられることを求めます。

 

育成のバトンが次の層のリーダーたちに手渡されていくときに、教えや霊性の質が低下してしまわないためです。「コピーのコピー」を繰り返してはなりません。

 

「外」の要素は、教会が世界に派遣されたという事実を自覚させることです。使徒という言葉は「遣わされた者」という意味です。だから、ヨハネは旅行をしなくなったときに、自らを使徒ではなく長老と呼びました。

 

もしある人が使徒としての役割を果たしているなら、宣教の最前線にいるはずです。預言者は、使徒とともに派遣され、「多くのことばをもって兄弟たちを励まし、また力づけ」(使徒15・32、ルカ11・49参照)ます。

 

使徒と預言者は、自分たちが「心を縛られて」(使徒20・22)危険な任地に進む模範を示すことによって、「世界に派遣された神の民」という教会のアイデンティティを指し示します。

 

「内」の要素は、使徒や預言者が受ける苦難によって、しもべとしての生き方が現わされることです。パウロは「謙遜の限りを尽くし、涙をもって、またユダヤ人の陰謀によりわが身にふりかかる数々の試練の中で、主に仕えました。」(使徒20・19)。十字架につかれたイエス様の「足跡に従う」(第一ペテロ2・11)謙遜が、彼らの流す涙によって証しされるのです。

 

連載「天外内トレーニング」の内容を加筆修正したものが単行本『敬天愛人』になって5月に地引網出版より刊行されます。書籍のページをご利用ください。