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習うより慣れろ―日本における草の根弟子育成プログラムの一事例

Practice Makes Perfect―A Case Study of a Japanese Grass-roots Discipleship Training

『宣教学ジャーナル』(第3号)より転載 / 宣教戦略シンクタンク「RACネットワーク」福田充男

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概要

「天外内トレーニング」は、日本で開発された草の根弟子育成プログラムである。継続的に弟子が増殖するためには、トレーニングのシステムをシンプルに保つ必要がある。回心直後の正しい方向づけが、インプリンティング(刷り込み)のように、その後の信仰生活の土台となる。神に従う証し人の生きた模範と、被育成者の存在を受容する視点と、相互にチャレンジし合うアカウンタブルな人間関係を意識させる仕組みという三つの育成原則に則った「絶えず神の御心に注意を向けるための構造」を日常生活の中に持つことにより、新しい習慣を身につけることができる。相互にフィードバックすることにより、また、神と弟子との間の直接性を確保することにより、自律的で自発的な弟子を育てることができる。

 

日本の教会は、「その組織、制度、教理、教規、礼拝、伝道、牧会、信仰生活、倫理にいたるほとんどの側面において、アメリカの教会の影響が絶大である。」 ところが、お手本としてきたアメリカの教会の社会的影響力は、低下し続けている。ジョセフ・ハンドレーは、過去20年間、アメリカの教会成長運動は、実際には教会を成長させていなかったと述べている。成長したと報告されている事例の80パーセントは、他教会からの転入か、バックスライダーの回復に起因するものだとのこと。アメリカで成功したと見られるモデルから学ぼうとしてきた日本の諸教会は、対岸の火事を見るように、この報告を受け流すことはできない。プロテスタント宣教150周年を祝う今年こそ、海外のケースから学ぶだけではなく、すでに神が日本のキリストのからだに与えてくださっている召しや賜物について熟考する時なのだと思う。

 

本稿では、日本で開発された「天外内トレーニング」と称する「草の根弟子育成プログラム」を取り上げる。草の根弟子育成プログラムとは、特別な資格を持たない一般の人々が、日常生活に根ざした家族のような関係を維持しつつ、自発的に、自律的に、相互に、弟子として成長していくことを助け合う、柔軟でシンプルな弟子育成プログラムのことである。プログラムと言っても、教室で、一定期間、教える資格を持った教師が、予め定められた講義プログラムをこなすことで、受講生に固定的なフォーマットを教える学校や研修会とは、多くの点で異なる。学校型教育は、先生と教科書に引っ張られる、言わば「グライダー」のような学生を育てるためには有効だが、「飛行機」にたとえることができる「自分でものごとを発明、発見する実践者」を次から次へと育てることには適していない。草の根弟子育成プログラムは、一般的な学校型教育よりも、シンプルかつパーソナルな枠組みを持ち、自律的に神に従う人たち、つまりキリストの弟子を育成することを目指す。

 

本稿の目的は、「天外内トレーニング 1st Story」の概要と、トレーニング設計の背後にある考え方を紹介することである。まず、シンプルであり続ける努力が、弟子の継続的増加のための条件であること、次に、回心直後の方向づけが、その後の弟子としての歩みの土台となることを説明する。さらに、真理に繰り返し関心を集中させる方策が、良い習慣を身に付けるために役立つことを示し、最後に、相互にフィードバックする装置をデザインに組み込むことで、また、神との直接性を保つことで、自発的・自律的に課題に取り組む弟子を育てることができると論じる。

 

1.システムをシンプルに保つ

1.弟子育成の連鎖

人類に対する神の最初の命令は、「産めよ、増えよ、地に満ちて地を従わせよ。海の魚、空の鳥、地の上を這う生き物をすべて支配せよ」(創世記1:28)だった。人間が地の全面に増え広がり、ご自身の支配と統治を代行するようにという命令である。この命令は、後に形を変えて、復活の主によってキリストの弟子たちに布告された。「あなたがたは行って、すべての民をわたしの弟子にしなさい」(マタイ28:18−19)。弟子とは、他の何にも勝ってイエスについていく生き方を選んだ者たちである。まだ6,649グループ残っていると見られているすべての「未伝グループ」を含むあらゆる国の人々が、神の言葉に従い、生活の中で神の栄光を表わすようになることを、神は望んでおられる。

 

「あらゆる国の人を弟子とする」ことは、一握りの有能な人たちだけで成し遂げることはできない。弟子の増減を人口の増減にたとえて考えてみよう。出生率の向上は、子どもが1ダースもいるような特殊な大家族の数の増減とは関係ない。むしろ世間一般の女性の生涯出生率に比例する。また、ある世代が多産であっても、次の世代が子を生まなければ、早晩その民族は絶え果てる。弟子の「増殖」にも同じ原則が当てはまる。偉大な伝道者がいても、もし自分がしていることを他の人もできるように育てないなら、その影響は限定的である。しかし、名前も知られない多くの「普通の人たち」(使徒4:13)が、生き生きと自分の世間のネットワークに、「神があなたになさったことをことごとく話して聞かせ」(ルカ8:39)、福音を受け入れた人たちを、生活の場でトレーニングするという連鎖が起こるなら、神の国は、「疫病のよう」(使徒24:5)に拡大する可能性がある。

 

インドのマッディヤ・プラデーシュ州に、毎年何万人もの人々を回心に導いているグループがある。ムーブメントの起点として用いられた人は、かつては著名なガン治療の外科医だったビクター・チャウドリーだ。急激に成長するムーブメントを支える何十万人もの働き人を、毎年卒業生数が一定している神学校で育てていては間に合わない。しかし、チャウドリーは、福音を受け入れた人々の家で、回心直後に開拓されていく「ハウスチャーチ」と呼ばれるシンプルな教会の中では、働き人が自然に育つのだと主張する。「神学校では一つの会衆を導く牧師を養成しますが、ハウスチャーチは「2・2・2方式」 に従います。ハウスチャーチでは弟子たちを整え、リーダーたちを増殖することによって、増殖していく教会を開拓していくのです。」 キリスト教への迫害がある環境の中で、神に従う十字架の道を、喜んで進んでいる手本となる人々がいて、彼らのライフスタイルに親しく接する人々が、それに倣うようになる。大きな教理体系ではなく、神と隣人を愛する実践的な生き方が、次々と伝搬しているのである。

 

「2・2・2方式」とは次のような考え方である。パウロはテモテに、「多くの証人の面前でわたしから聞いたことを、ほかの人々にも教えることのできる忠実な人たちにゆだねなさい」(Ⅱテモテ2:2)と命じた。テモテが教えを委ねる対象者は、彼に不健全に依存する人たちではなく、他の人を教える力のある忠実な人たちだった。パウロは、弟子育成の連鎖が、テモテから忠実な人、忠実な人から他の人へと、世代を下って引き継がれていくことを見通していたのである。このように、ある人が何人弟子を育成したか、ということよりも、弟子育成の連鎖が何世代目まで下っているかということが、大宣教命令の遂行のために必要なのである。弟子育成の連鎖が少なくとも15世代まで下っているムーブメントの指導者と、昨年お会いする機会があった。そのムーブメントでは、毎週何万人もの弟子が新しく起こされている。

 

2. KISS(Keep It Simple and Short)

2000年に、アジアのある地域で、宣教師が30人の農民を訓練し始めた。彼はまず農民たちに、「誰に」福音を伝えるかを考えさせ、「どのように」福音を伝えるかを、繰り返し訓練した。そのトレーニングがシンプルだったので、受講者は、直ちに実行しただけでなく、他の人にも福音の伝え方を教えるようになった。福音を伝えることで、人々は自ら受けた恵みを確認した。また、伝道し続けている間に、次第にコミュニケーションのスキルも身についた。このようにして、日常生活の場で福音を証しする人々が雪だるま式に増えた。このムーブメントを通して、2000年11月から2004年9月までの間に、44,000以上の新しい教会が開拓され、50万近い人たちが洗礼を受けた。

 

弟子育成の連鎖が何世代も続くための必須の条件は、育成の枠組みがシンプルであることだ。教材が分厚くて、修了するのに何年もかかるような、より複雑な育成プログラムだと、少なくとも二つのリスクを取らなければならない。まず第一に、弟子育成のバトンを次の世代に渡す速度が遅れる。日本では、毎年約90万人が死亡する。そのうちの約3万人は自殺者だと報告されている。一日に換算すると2400人以上の人が、一時間に換算すると100人以上の人が、弟子とされないまま死亡していることになる。自殺者は、毎日80数人、毎時間だと3、4人という計算になる。このままでは失われていく人が多過ぎる。弟子育成の連鎖反応が短時間で起り続けることは、「すべての人々が救われて真理を知るようになることを望んでおられ」(Ⅰテモテ2:4)る神に、応答しようとする教会にとって急務である。

 

さらに深刻なリスクがある。弟子育成の期間が長くなると、被育成者が育成者に依存するようになり、ただ弟子育成の連鎖の速度が下がるだけではなく、連鎖が途切れる可能性が高まる。なるべく早い時期に、育成者のないところで、被育成者が「真の育成者である神」(Ⅰコリント3:6ー7参照)に依存し、自ら他者の育成のプロセスに関与するというプロセスを通ることで、被育成者の自立が促進される。委任の時期が遅れるほど、危険に陥る。それは、親離れの時期を逸すると婚期が遅れて、世代交替のスパンが長くなる傾向がみられるだけではなく、「生涯未婚率」が上昇するのと似ている。山田昌弘風に言うと、被育成者(子)が育成者(親)に「パラサイト(寄生)」する度合いに比例して、真の花婿であるキリストと直接結びつくことが妨げられる、ということだ。

 

弟子が地に満ちるためには、今日救われた「普通の」人たちが、今日のうちに身につけて、明日隣人に分かち合い始めることができるほどシンプルな「弟子育成スキルのパッケージ」が必要だ。「泥棒を見て縄を綯う」というようなことにならないために、回心者に教える知識と、身につけさせるスキルを、事前にコンパクトにまとめて準備しておき、だれでも現場で知識やスキルを回心者に伝えることができるようにしておく。地震時の非常用持ち出し袋を、平時から用意しておくという考え方である。実際の教会開拓の現場では、どれだけ「身一つで勝負できるか」が問われる。

 

イエスは、70人(または72人)を、イスラエルの町や村に派遣されたとき、「財布も袋も履物も持って行くな」(ルカ10:4)と命じられた。財布等の携行禁止の理由は、少なくとも三つあると思われる。第一に、もし、何かを持って行ったなら、それを持たなければ働きを進めることができないという印象を、弟子育成のバトンを受け取る人たちに与えてしまう恐れがある。その分システムが複雑になる。第二に、何も持たないことで、持ち物や行為ではなく、「自分たちが何者であるか」という「立場」と、自分たちが神と結んでいる「関係」に注意を向けることができる。第三に、神が彼らと共に行って、主権的にすべてを用意してくださることを経験することができる。私たちの先輩たちは、神への信頼と、霊的なアンテナと、シンプルに統合された知識とスキルを持って、狼の群れにたとえられた宣教地に出かけて行った。KISS(Keep It Simple and Short)は、草の根弟子育成の合言葉である。

 

『宣教学ジャーナル』(第3号)より転載