アーティクル

紀元1世紀の教会出席

(ロバート・バンクス著、三上章訳)

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その13 アリストブーロスの話

この最後の料理の間に、私は再びアクラに話しかけ、もう一度彼のポントゥス時代のことに話を向けることができました。彼は過去にその地で経験したことや、その地域の現在直接に交流のある人たちのことを語り、私のいろいろな質問に答えてくれました。

 

しかし、しばらくすると他の人が彼に話しかけたので、私は向かいのアリストブーロスと話をするため身を乗り出しました。話をするうちに、彼はどのようにしてこの集会の人たちと関わるようになったかを説明し始めました。

 

彼は長い間、私たちの先祖伝来の宗教に疑問を覚えていました。そこで、以前からユダヤ人たちの単一神の強調と彼らの道徳観に感銘を受けていた彼は、ある日、シナゴーグへお忍びで入り、これまでのものとは違う本物を見つけたのです。ただし、完全にユダヤ教に改宗したというわけではありません。食物に関するいくつかの規定と、割礼の習慣──私には野蛮に思われます──とが、彼の深入りを踏みとどまらせていました。彼は、友人たちの間では、シナゴーグとの関係を話さないようにしていました。彼の妻は強く反対していましたが、自分の社会的立場と政治的忠誠が疑われると困るので、だれにも話しませんでした。彼はアクラとプリスカに出会ってから、シナゴーグのかわりにこの集会に結びつきました。彼の奴隷は納得して入会していましたが、彼はその集会には何かがあるということを妻に説得できずにいました。

 

この時点で、私たちの話はリュシアスにさえぎられました。彼は、アクラの合図で私たちのテーブルの杯にワインを再び注いでいました。もう一つのテーブルでは、フェリクスが同じことをしていました。

 

それから、アクラは両手に杯を取って、言いました。

 

「私たちが飲んでいるワインは、私たちの食事の一部であり、主にある私たちの交わりを助けるものでした。しかし、ワインはそれ以上の意味を持ちます。というのは、それは、イエスが説明したように、彼が死によってこの絆を創った方であることを、私たちに思い起こさせてくれるからです。それはまた、私たちにとって、やがて彼と持つであろう交わりの約束です。そのとき、私たちは彼の食卓に着き、顔と顔を合わせて彼と共に食事をするのです。ですから、私たちが共にこの杯にあずかるとき、これらのことを心に覚え感謝しましょう。一方のことを感謝をもってふり返り、他方のことを期待をもって待ち望みましょう。そして、私たちの集まりが、私たちがこの方と一つであることをさらに深く表わし、いわば、地上におけるささやかな天の味わいとなりますように」こういう精神で、私たち全員はワインにあずかりました。

 

今や食事は事実上終わったので、いろいろな客たちが、満腹のげっぷをもって感謝を表わしていました。無礼にならないように、当然私も同じことをしました。プリスカとアクラは、私たちの感謝の表現を当然喜んでくれたと見え、軽い会釈でそれに応答しました。

 

子どもたちと奴隷たちが退出し、客たちが足を伸ばすために立ち上がったとき、プリスカは、テーブルの上にある受け皿の形をした陶器製のランプの油を調べ、しんの長さが適当かどうかを確かめました。しかし、暗くなるまでまだ少し時間があったので、彼女はすぐにはランプに火をともしませんでした。皆知っているように、油はとても高価なので、無駄にするわけにはいかないのです。

 

その14 食後のひととき

子どもたちは皆、どこかからチェッカーゲームを取り出し、部屋の向こうの隅に座っているリュシアスのまわりに集まっていました。年上の女の子の一人が、まるばつ遊びセットをもってきており、また2人の少年が羊の手骨を使った遊びを始めました。私はぶらりとそちらへ行き、何とかして勝ちたいそぶりをしながら上手に負けるリュシアスの手並みに引き込まれながら、しばらくの間観戦していました。彼が負けると耳につく喜びの歓声が上がったので、親たちは、静かにさせるために「しっ!」という合図を送りましたが、ちょっと静かになっただけでした。

 

一方、客たちは、再び寝椅子に集まっていました。1、2名は、部屋を出ていました。おそらくトイレを探していたのでしょう。この場所はまさに幸運というべきで、1階のトイレを他のアパートの住民たちと共有していました。

 

私は自分の寝椅子に戻り、夕食が終わった今、これから何が起こるのだろうと思い始めました。普通、この時間は一般的な話に使われます。冗談や物語を語るやら、道徳の話題や本の一節に関する議論やらです。ワインがどんどん注がれ、話がはずみます。私たちの杯は片づけられていたので、もうこれ以上ワインは出ないだろうと思いました。しかし、それ以上のことは分かりませんでした。

 

私は体を楽にしようと思い、寝椅子の上にあるクッションの一つに寄りかかり、スリッパを脱いで、足を大理石の床につけました。アクラとプリスカくらいの財力の家庭の場合、通常予想されるのはテラコッタかセメントの床だろうと思います。しかし、元来ここは貴族の家だったので、この点でも彼らは幸運でした。部屋は明らかに快適なものでした。片側にはカーテンのついた飾り格子のある窓が一定の間隔で並んでおり、部屋の一つの壁沿いに充分な光を採り入れていました。いくつかのつづれ織りと壁掛けが、白いしっくいの壁を飾っていました。デザインは並みのものではありますが、とてもよく作られていました。寝椅子とテーブルは、節度のあるものでした。裕福な家庭に見られる美しい木目塗りの木材や入念な彫刻をほどこした木細工のかわりに、ここでは低い木製のテーブルには最近とても流行っている取り外し自由の金属製の脚がついているだけであり、寝椅子の頭板は非常に素朴なデザインでした。それらを覆っている織物は、上等ではありませんが良質のものであり、刺繍はぜいたくというよりはむしろ手の込んだものでした。

 

皆が席に着き、リュシアスがゲームを片づけたとき、アクラは頭を少し垂れ、彼の神の霊に、今起こっているすべてのことに導きがあるようにと願いました。彼はこれを、とても簡潔にしかも当然のことのように行ないました。

 

それから少しして、彼は、私たちが歌を、すなわち子どもたちが特に好きな歌を歌うことを提案しました。皆はこれに賛成しました。美しいバリトンの声を持つガイユスが歌い始め、すぐに皆が加わり、子どもたちは手を叩きながら歌いました。この私も、しばらくしてから、何とか歌に加わりました。私にとってよい歌を歌うことほど楽しいことはありませんが、これほど歌にひたる機会はこれまでめったにありませんでした。私たちは、最後のコーラスでは、もう少しでたる木が外れるのではないかと思うほどの声で歌いましたが、隣に住む人たちはどう思ったでしょうか。