アーティクル

紀元1世紀の教会出席

(ロバート・バンクス著、三上章訳)

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その11 自由民になるということ

「はい、本当に困った問題があるのです。というのも、アリストブーロスさんにも関係があることなのです。でも、そのことを皆さんに話すように彼は私を励ましてくれました。その問題とは、アリストブーロスさんが私を解放したいということなのです。この申し出を心から感謝していますが、どうもそれが正しいこととは思われません。お分かりのように、私が彼に仕えるように神が召してくださったと私は確信しておりますし、今のままの方がそれを最もよく行なうことができると思うのです。しかし、彼は私が自由になった方がよいと考え、そうなっても困る理由などないと言うのです」

 

アリストブーロスは同意し、彼の理由を詳しく述べました。続いて、彼とリュシアスにさまざまな質問がなされ、問題がさらに探求されました。実際、議論は、解放か隷属かという全般的問題から始まりました。2人の自由民は、それぞれの有利な点と不利な点について多くのことを語りました。

 

明らかに、この問題はやさしいものではありませんでした。自由民になることには、ある程度、個人面と社会面における利点がありましたが、実際上それにはしばしば物質面での損失が伴いました。近頃、実に多くの主人たちが ──ヘルマスの主人もその一人でした──奴隷への全責任を免れるために奴隷たちを解放していました。主人たちのなかには、確かに奴隷たちを解放はするけれども、そのかわりに、奴隷たちが同じ部署で働き続けること、さらに、以前に付随していた住居や食料の供給をやめることを条件としてつける者たちもいました。ある自由民たちが仕方なく住まなければならない小屋はとても粗末なものであり、賃金は不充分であり、彼らの以前の家庭生活が全部崩れてしまうというものでした。日雇い勤労者は少なくとも望む場所に仕事を見つけることができましたが、自由民となった奴隷の中には、そうした人々よりずっと貧しい生活を送る人も出てきていました。

 

やがて議論は当面の問題に戻りました。両方の立場に関する意見が交わされ、しばらくの間、話は堂々めぐりをしました。

 

「このことについてパウロが何か言っていたのではないかしら」と、プリスカがアクラに聞きました。

 

「そのとおりだ」と、彼は答えました。

 

「それはコリントの古い教会に宛てた二つの手紙の一つにあったと思う」

 

「どちらの手紙か覚えてる?」彼はちょっと考えました。

 

「たしか、第一の手紙の中で彼が結婚と独身生活について語っている箇所にあると思う。寝室のたんすの中に他の書類と一緒にあるから、持ってきてくれませんか」

 

プリスカが部屋から出ていったその間に、アクラは、このパウロという人物が昔からの友人であること、ローマ帝国中に集会を始めたこと、そして現在ローマ市のどこかの家に監禁中であり、ユダヤで彼に対してなされた偽りの告発に関する裁判を待っているところであることを、私に話しました。パウロは、彼らの共同生活に影響を及ぼすことがらについて特殊な知恵を持っていました。そういったことがらについては、彼に個人的に相談するか、あるいは、彼が書いたものを読み返すことが役に立つと、彼らは分かっていました。プリスカが戻ってきたとき、アクラは巻物の中のその箇所をとても簡単に見つけ、読み上げました。

 

多くの場合、パウロは、彼らが自分の現在の身分に満足し、それを変えようとしないようにと助言していました。

 

その12 奴隷に関するパウロの教え

アクラが読み上げたパウロの手紙から考えると、多くの場合パウロは、彼らが自分の現在の身分に満足し、それを変えようとしないようにと助言していました。すなわち、奴隷である人たちは、それを他の人たちに仕える機会と見なすべきであると言うのです。なぜなら、私たちの社会的地位が何であれ、そうすることが私たちすべての者が負っている基本的責任だからです。

 

しかし、一般に起こりがちなように、自由になる機会が生じたときには、彼らはためらわずに自由民になるべきです。なぜなら、だれであっても、この新しい状況を正しく受けとめるならば、その人は、他の人を助ける新しい方法を現実に見つけるでしょう。

 

次に、主人たちには、彼ら自身が実はキリストの奴隷であることを覚えること、奴隷たちには、彼らはとても大事な領域においてはじつは自由であることが、勧められました。

 

この助言により、たしかに議論はより意味のある方向に転じましたし、私も自分自身について考えなければならない問題があることを知らされました。今や話は、パウロの判断の基準となった原則をめぐって進められました。リュシアスが解放された場合、彼はどうすればもっと充分にアリストブーロスに仕えることができるのか、あるいは、彼の場合、この規則に当てはまらない特別な事情があったのか。こういったことについて話をしていくうちに、リュシアス自身もその意見を支持した他の人たちも、アリストブーロスの申し出に対して、より積極的な態度を持ちつつあるように思われました。

 

しかしリュシアスには考えたいことがまだありそうでした。そう言いながら彼は、次の料理のためにプリスカの手伝いをするため立ち上がりました。

 

その短い休止の間に、フィロロゴスは集会の出席者たちに、自分の娘が集会のために小さな出し物を用意したので、今それを披露したいと言いました。夕食の最中にしばしばこういった飛び入りがあるので、私は彼の提案に少しも驚きませんでした。

 

少女が立ち上がり、皆から見えるように壁のほうに移動したとき、部屋のあちこちから励ましの声が飛びました。

 

「私が作った歌を歌います。神がお造りになったあらゆる種類のものについてです」

 

小さなグループに分かれて会話が続いていました。小さく分かれるのは、この集会が始まってから初めてのことでした。近くの人たちは、競技場での戦車レースの倫理について議論していました。

 

出席者たちが積極的にグループに参加しているのを見て考えさせられました。これまで私が出席したことがある食事の席では、しばしば客たちは食事の合間の自由時間を利用して、自分たちをめぐって目下進行中のことがらから離れ、手紙を書くか口述筆記させるかしたり、近くにいる人たちと商談をしたり、あるいは時には次の料理までうたた寝をするだけでした。

 

また、この集会の出席者たちは、食べ物と飲み物の残りを床に捨てることについて、慎み深く自制していることに、私は気づきました。少し床は散らかっていましたが、上品かつ許される範囲であり、ときおり見られるような行儀悪い仕方ではありませんでした。

 

しかし、宗教の観点からすると、集会全体は、多くの望ましいことをまだやり残しているような気がしてなりませんでした。私が見るかぎり、これまでの出来事はほとんどまったく宗教に関することを含んでいませんでした。何と彼らは、祭司さえ持たず、ましてや普通予想される儀式上の礼服などはありませんでした。しかし、たぶんもっと純粋な宗教行為がこの先あるのだろうと思いました。