アーティクル

紀元1世紀の教会出席

(ロバート・バンクス著、三上章訳)

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その4 熱烈なあいさつ

私的な宗教団体や哲学者たちの晩餐会については聞いたことがありますが、もっとも、私はそういったものに出席するという危ない特権にあずかったことはありません。クレメンスは、アクラの家の集まりはそういうものとはまったく違うと説明し、ユーオディアも、私が行ってもきっと場違いな感じはしないだろうということを、わざわざ請け合ってくれました。

 

「それでは、あなたがたの言葉を信じることにしましょう」と、私は言いました。

 

私が来たのはそういうわけでした。緊張気味でしたが、興味もありました。この家の人たちは、常軌を逸して何かにのめりこむようなことのない、かなり分別のある人たちではないかと推測していました。よろしいですか、彼らがギリシャ人なら、私たちローマ市民の宗教と都市の伝統に根ざす、よきローマ的基盤という利点を持たないので、最近よく見かける秘密主義的で感情を強調する東方のカルトの一つに凝りがちだっただろうと思います。しかし、ユダヤ人であるなら、たとえ典型的なユダヤ人ではなくとも、そのような東方のカルトにかかわることは考えられないでしょう。あまりにも洗練された民族の道徳上の規則や唯一神への頑ななまでの傾倒があるからです。

 

アクラが現われたとき、彼がドアのところに来るのを待たずに、私の友人はそのまま中に入り、アクラに会いました。2人は普通の握手と口づけを交わしました。もっとも、習慣的というよりはもっと心のこもったものでしたが。

 

「ようこそ。ようこそ。ようこそ」と、アクラは心から言いました。

 

「あなたに神の恵みと平安がありますように」

 

「あなたにもありますように」と、クレメンスが答えました。

 

「また来られてうれしいです」

 

それから、きわめて異例なことに、アクラはユーオディアを抱きしめ、口づけをしました。2人は兄弟なのではないかと思うでしょう。私たちの詩人マルティアリスなら、これをどのように表現するだろうかと思わずにはいられませんでした。彼は、ローマの男たちがありとあらゆる機会に口づけを交わす習慣は忌むべきものと見ましたが、私も彼に賛成したくなりました。

 

さて、プリスカが部屋に入ってきました。彼女が着ている羊毛のガウンは、色彩は豊かでも飾りつけは質素なものでした。まわりも同じようにあいさつしていましたが、もうその頃には、私は紹介され、あいさつも受けていたということを、感謝をもって急いで付け加えるのがより正しいでしょう。

 

「プブリウスさん、おいでいただいてうれしいです。クレメンスとユーオディアから、あなたがおいでになるかもしれないと聞いておりました」とプリスカは言いました。

 

それから、私たちは外套を預けた後、サンダルを脱ぎ、用意してもらったスリッパを履きました。また、私たちは、一束の花と持ち寄り用の食事を渡されました。私たちが持っていくようにユーオディアが用意してくれたものです。

 

それから、私たちは話を始めました。アクラは、とても流暢なギリシャ語でいろいろと話を引き出してくれました。私の最近の旅や、アカヤからの船旅のおりの天候や、ローマ市での私の滞在期間について話しました。

 

話の中で、彼が若い頃にポントゥスからローマに移住したことを知りました。彼は、過去数十年の間に東方の属州からローマに大量に流れ込んだ何千何万もの移民者の一人でした。やがて彼は天幕作りの商売を確立し、そのおかげで、当地では名の通ったアキリア一族の一員であるプリスカと結婚できたのでした。

 

その5 アクラとプリスカ

クラウディウス帝が、ユダヤ人たちが政治的紛争を引き起こすのではないかという疑いをいだいて彼らをローマ市から追放した時、アクラとプリスカは、運悪く困難に陥りました。2人がコリントに移住し、同業のよしみで私の友人クレメンスに出会ったのは、そういう時でした。その後、2人は2、3の町に移住し、エペソのような地にも行きましたが、ローマ市民の動揺が収まったとき、2人はまたここに戻り、もう一度以前の商売を始める決心をしました。彼らはけっこう裕福になっていたので、以前の友人たちのところからほんの二つか三つの通りしか離れていない皮革商業地区の近くに、なんとかこの質素なアパートを買ったのでした。

 

ポントゥスに住み始めた頃の生活についてアクラに尋ねたちょうどその時、他の何人かの客が到着したために、私たちの会話はさえぎられました。この人たちは、4人の子どもと、夫が亡くなってから息子夫婦と一緒に暮らしてきた高齢のおばあさんとからなる大家族でした。彼らに紹介されましたが、全員の名前を覚えることはできませんでした。彼らの家はわりあい近くにありました。父親のフィロロゴスは、皮革業関連の書籍販売の仕事をしていました。

 

私の考えるところでは少々やりすぎているくらいの熱心さで再びあいさつが交わされていた間、私がいた広い正方形の部屋をじっくりながめることができました。今や町のこの地域の水道設備は改善されていたので、屋根から流れる雨水を貯めるために以前使われていた中央の井戸は、ただの飾りになっていて、井戸の両側は鉢植えの植物で覆われ、そのため部屋は心地よい室内庭園のように見えました。離れたところにはカーテンが下りている2、3の寝室が見えました。その一つは、家の主人の子どもたちが結婚して家を出ていたので、おそらく客室でした。

 

アクラとプリスカは客をもてなすことでとても評判があり、一時にお客を何カ月も泊めることもあるということを、私はユーオディアから聞いていました。室内は涼しく心地のよいものでした。昼下がりの外気は暑かったのですが、その後は涼しく爽やかでした。また、室内は、外の通りの喧噪に比べて、この上もなく静かでした。

 

私は先ほど着いた家族との話に引き込まれました。話はかなり長い間続きましたが、そのうちさらに2人の客が着きました。高価そうな軽い長衣を着た高貴な感じの紳士と、その人の奴隷と見てもさしつかえなさそうな質素な衣を着た同伴者です。明らかに身分が違うのに、あいさつを交わすのにアクラとその妻が差別をしなかったことに、私は驚きました。いや、少しショックを受けました。先に着いていた家族の子どもたちはすぐに私から離れ、その奴隷を取り巻きました。

 

「リュシアス、リュシアス」と子どもたちは呼びました。

 

「はい、はい」と、彼はわざとこわがるように言いました。

 

「外国人がローマに攻めてきた、なんて言わないでよ」

 

子どもたちは彼のことを気に入っているようでした。彼の方も、子どもたちに会えたのがうれしそうで、男の子たちの髪を親しみを込めてもみくちゃにしたり、女の子たちの服をほめたりしました。女の子たちは、かかとまで届く白い衣の上にゆったりしたブラウスを着ていました。男の子たちは、年齢にふさわしいベルトの付いた普通の上着を着ていました。