アーティクル

3.11以降の宣教

『2012年4〜7月号の「風知一筆」』より転載

宣教戦略シンクタンク「RACネットワーク」福田充男

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自立を視野に入れた被災者援助

「みずほ政策インサイト」がまとめた「過去の震災時の復興から得た教訓:復興計画策定を急ぐな! ハコモノ整備と産業振興は慎重に!」というレポートから、東北支援のあるべき姿について学ぶことができる。

 

1993年の北海道南西沖地震の主な被災地である奥尻町では、住民一人当たり約2000万円の復興資金や一世帯当たり 700万円の住宅建設補助など、恵まれた復興支援を受けることができた。しかし、今なお日本有数の人口減少率の高さに苦しんでいて、「復興した」とは言い難い状況だ。

 

特に、主要産業であった漁業については、被災前の1990年には418人だった従事者が、2005年には196人へとほぼ半減してしまった。また、巨額の公的資金が投じられた社会資本整備は、奥尻町の負担となる巨額の公債費、 管理費、維持補修費を生じさせ、奥尻町に残っている住民は、復興支援のツケともいうべき重い負担を背負っている。

 

東日本大震災の被災地には、奥尻町と同じく、成長性に欠ける第一次産業従事者が多いため、被災前から人口減少が進むなど構造的な課題を抱えている地域が少なくない。これらの地域では、当面の生活支援はともかく、復旧・復興には、地域の課題をよく知る被災者自身が主体的に地場産業の若い担い手を育てるなどの「持続可能で実効性のある復興計画」を練り上げる必要がある。

 

過疎や高齢化などの構造的な課題を抱えている被災地にも、神が置いておられるリソースがある。それは、天然資源だけではなく、意欲のある青年や地元を愛する指導者、さらには東北の人々の誠実で粘り強くあきらめない気質などだ。神の先行の恵みを認め、神が漁村に対して持っておられる「将来と希望」(エレミヤ29・11)を与える計画が実現するために、地元のリソースが生かされる形で村の再生を助けるというパラダイム転換が求められている。その場しのぎの援助が地元の人々の依存心を醸成し、地元のリソースを埋もれさせ、外からの援助なしには生活できない体質にしてしまう恐れがあるのだ。

 

実際、自立を視野に入れた援助の方が、骨が折れる。身体をいたわって動かさないあまりに運動機能が低下してしまうことを廃用症候群という。2週間動かずにいると2割程度の筋力が低下すると言われているので、もともと筋力の少ないお年寄りなどは、動けなくなってしまう。身体を動かすようにお年寄りを説得するのは大変だし、介護する側も、どれほどの体力を使うかわからない。しかし、できるだけ自分の力で動くように援助することで、「オムツ・ゼロ」を達成した特別擁護老人ホームがある(竹内孝仁著『医療は「生活」に出会えるか』参照)。この特養では、座椅子から車椅子へ、そして歩行訓練を経て、全員が食堂に行って食事ができるようになった。互いのコミュニケーションが回復しただけでなく、中にはハイキングに“参加”できるまでに社会復帰を果たす人まで出てきた。

 

これと同じ原則が被災地復興に適用される。被災直後は外からの物質的援助が不可欠だし、しばらくしてからは心のケアが必要だろう。しかしどの段階でも、彼らが自立するように助けるというビジョンが援助者には必須なのだ。

 

メサイア・コンプレックスという嫌な言葉がある。自分には劣等感、現実逃避、社会への嫌悪などの課題があるのだが、その反動で却って、困っている人たちを救うメサイア、つまり救世主になろうとする理想主義的心理のことだ。メサイア・コンプレックスを持つ人は、「自分や現実を変えたいから」「自信をつけたいから」「感謝されたいから」などという自己中心的な動機でボランティアを買って出る。

 

いま被災地で援助している人たちは純粋な動機から活動しておられるとは思うが、このような内面の仕組みに対しても自覚的である必要がある。さもないと、自分が不自由であり続けるだけでなく、被援助者を自立させないで、いわば「寝たきり」のままにしてしまうことになりかねない。

 

一年が過ぎた今、もう一度「魚を与えず、釣り方を教える」という自立支援の基本を確認する必要があるだろう。