リーダー育成

携帯メールの牧会書簡

宣教戦略シンクタンク「RACネットワーク」福田充男

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まず何を教えるか?

1 ささげること

ここでは、洗礼を受けた直後の敏(さとし・仮名)という名の大学生に送った実際の携帯メールの記録を編集して紹介します。新しいクリスチャンが日常生活の中で主の御心を自分の心として生きることを助けるための事例として参考にしていただければ幸いです。 ちなみに、敏君からは本誌への転載の許可をいただいています。

 

第1回目のトピックは金銭管理の課題です。信じてすぐにささげる喜びを経験することは、その人が生涯にわたって神の愛と力を経験し続けるための有利な条件となります。 携帯メールの字数制限のため、原則として1回の通信が500字前後になるように設計されています。

 

成長したいですか?

敏君、おめでとう。敏君がイエス様を信じたときに、霊的世界で3つの変化が同時に起こりました。1つは、天にある「いのちの書」に敏君の名前が記されました。敏君は、神と永遠を過ごす者として天の市役所に住民登録されています。 試練や苦難に会っても、変わらないこの事実をいつも喜びましょう。

 

もう1つは、敏君の心の中で起こりました。イエス様を知らずに自分勝手な道を歩んできた自分が死んで、神との交わりに生きる「新しい自分」が生れました。 信じた後も罪を犯したり、弱さや未熟さを痛感することがあるでしょう。けれども、胎に宿った赤ちゃんが日々大きくなるように、神様はこの「新しい自分」を忍耐強く育ててくださいます。 そして、ついにはイエス様に似た姿にまで成長させてくださるのです。

 

3つ目のことは、世界に対して起こりました。内に与えられた神の生命は、外に向かって溢れていきます。敏君が行くところにイエス様が一緒行かれ、人々に喜びと愛と清さといやしをもたらします。 敏君がすでに世界の光とされたからです。

 

神様は敏君を成長させて、イエス様の十字架と復活を通して与えられた恵みの大きさをより十分に味わうことができるようにしてくださいます。

 

まず神様のために取り分ける

敏君へ。昨晩のLTGの後に話したこと、理解できたでしょうか。 収入を手にしたときに、自ら決めた額、あるいはあらかじめ決めた割合に相当する金額を取り分けておいて、礼拝等でみなで集まったときに、感謝をこめて神にささげる習慣を身に付けることは、とても大切なことです。

 

余ったら捧げようという人は、ささげるという祝福をずっと経験することができません。 それに、余り物をささげるなんてことは、敏君のために生命を投げ出してくださったイエス様に対して失礼だと思いませんか。

 

時間管理についても同じことが言えます。時間が余ったら、神様に関することをしようという人は、いつも「忙しくてできませんでした」と言い訳することになります。 そういう人は、神様がその時に用意しておられる恵みを受けそこなうかもしれません。

 

神様をまず第1にすることを学びましょう。なぜなら、神様は、敏君のことを第1に考えてくださっているからです。 お金をささげることは、真実な神様の愛に応答するための1つの大切な表現です。

 

富ではなく神に仕えるという信仰告白

人間は残念ながらお金を礼拝しやすいものです。多くの人々は「守銭奴」とまではいかなくても、損をしないこと、得になることには敏感です。

 

聖書には金銭を愛することはすべての悪の根だと書かれています。イエス様もまた神と富との両方に兼ね仕えることはできない、とおっしゃっいました。

 

献金は、「富ではなく神に仕える」ということを神の前で表明する機会です。自分の労働の果実を味わうことは神が与えてくださった祝福ですが、健康でなければ働くこともできません。 神様は私たちの健康だけではなく、存在そのものを支えておられる方です。

 

また、何よりもイエス様の十字架を通して、信じる者たちは「私たちを愛してやまない父との交わり」に入れていただきました。もはや、この愛の関係は、死さえも解消することができません。

 

だから収入の1部を神への感謝としてお返しすることは当然だし、喜びでもあります。それは私たちを養ってくださり、イエス様を送ってくださった天の父への尊敬を表わすことです。 そして、神とともに収穫を喜ぶことなのです。