リーダー育成

教会増殖とリーダー育成(大橋秀夫氏との対談)

宣教戦略シンクタンク「RACネットワーク」福田充男

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特別対談:教会を生み出す教会:各論3


弟子が伝道できるように訓練を
    福田
  1. テモテへの手紙第二2章2節に「他の人にも教える力のある忠実な人たちにゆだねなさい」とあります。これは、聖書箇所から「2—2—2」原則と呼ばれています。テモテが、忠実な人に教え、忠実な人は他の人に教えました。そもそもテモテはパウロに育てられ、パウロはバルナバに育てられたわけですから、この一節に五世代にわたる弟子育成の連鎖が描写されていることになります。この「弟子を育てる弟子」を育てるという連鎖が、「何世代まで続いたか」という問いが、「何人救われたか」という問いよりも重要です。実際、この連鎖が13世代にまで至ったムーブメントで、百万人以上救われたという報告がなされています。

  2. 大きなグループを導くことは、それ自体は素晴らしい働きです。けれども、指導者のユニークな賜物や成熟した人格に、教会運営が依存しているなら、次の世代に受け嗣がせるのは難しい。その指導者あっての教会なので、他の人が真似することはできないのです。だから、教会成長セミナーに出て、「よし、同じことをやってみよう」と思っても、残念ながら、うまくいくことは稀です。

  3. 「キープ・イット・シンプル(簡潔さを保て)」が合言葉です。聖書の中では、「普通の人たち」(使徒4・14)が、並外れた神の働きをしました。もちろん、聖霊に満たされることが前提なのですが、それが起こるためには、誰でも取り組むことができるシンプルな教えや実践にまとめられている必要があります。イエス様の教えは、漁師が理解できるほどシンプルだったということです。

  4. 私はクリスチャンライフの一番シンプルなパッケージは「敬天愛人」だと教えています。西郷隆盛が好んで使った言葉で、キリスト教系じゃないんですけどね(笑)。あるいは「天・外・内」と漢字3文字で表します。「神との関係」、「世との関係」、「自分自身との関係や、隣人との関係」のことです。それぞれの関係のなかでどう神に応答して生きていくかを2分で話せるようにするのが最初のトレーニングです。構図を理解してもらうためには、あまり長く話すと分かんなくなっちゃうので。

  5. たとえば、ある人がコーヒーショップで伝道して、友人を回心に導いたとします。その人は、回心直後の人に教える「神に従って生活するガイドライン」を2分で話す訓練を受けているので、ナプキンにボールペンで図を描いたりして、トレーニングの最初の部分を短時間でカバーすることができる、という具合です。

 

    大橋
  1. 私が伊丹に来た開拓当初は、「ハウスチャーチプラン」という計画だったんですよ。6畳2間のまさに家の教会で。もともと教会があった場所が、車が2台すれ違えないような狭い道路を入っていった所なわけ。いくらチラシや教会案内配っても、人は見つけて来られないんだよね。けど家々で福音が伝わって救われれば、家族や友人の人間関係でつながっていくから、チラシも教会案内も要らないわけ。そういうプランでスタートしたので、福田先生がなさっているハウスチャーチとはかたちも内容も違いますけれども、言葉の上で似ています。その概念は今も考え方としては基本的に同じです。 ただしかし、日本にセルグループ教会が紹介されるようになったら、この概念を一般的にはセルと呼んでるわけですね。私も、外向きにはセルグループと呼びます。うちの教会内ではセルグループという言い方は昔からしていません。私たちは「群れ」と呼んでいます。どういう呼び方が良いのかなと考えていたけれども、結局「群れ」っていうのが一番いいかなぁと。いろんなものが「群れ」単位で動くわけですね。

 

    福田
  1. 私は伝統的な教団や教会で意見を求められると、たいてい二つのことを提案します。一つは定期的に会って、罪を告白し、互いに励まし合う小さなグループを作っていくこと。それを信徒に紹介しよう、と言わないで、まず牧師から始めてください、とチャレンジします。チャレンジを受け止めた方は、祝福を経験されていると思います。

  2. もう一つは、教会の外に出て、人々を眺めてもらうこと。イエス様は群集を見て、羊飼いのいない羊のように憐れまれました。ギリシャ語でスプランクニゾマイと言う単語で、心の奥底から溢れ出る深い憐れみの感情です。これを感じてもらいます。すると100人教会が200人教会になったって、神の国の視点に立つと全然足らないと気付くわけです。

 

    大橋
  1. これは…危険な発言かもしれないけど(笑)、私が開拓伝道始めた頃、エホバの証人などの異端が二人一組で活動していて、彼らはじつは一人は信者で一人は未信者の場合が多い。そして金太郎飴みたいに、どこを切っても同じ顔、同じスタイルで勧誘していて、その手法が確立しているわけだよね。ところがキリスト教会はそれがない。

 

    福田
  1. まあ、ありませんね。

 

    大橋
  1. 全然やってないでしょ。それが不思議だった。伝道こそがイエス様の命令だ、と言いながら、じゃあその伝道ができるようにみんなにどう教えているのか、そこには伝道のためのスキルがあるのか、コーチがいるのか、モデルがあるのか、何もない。これじゃあ教会形成はできないよな、と思った。で、あっちこっちからいろいろな人を呼んではセミナー開いて、あれやりましょうこれやりましょう。そのうち、「あれもやりましたこれもやりました、力尽きました。もうこれ以上新しいことはごめんです」となるわけ。

 

    福田
  1. 私のところでは、90秒で自分の証をするトレーニングをしています。救われる前、救われた後、そして御言葉を一つ入れて、それで2人組になって互いに練習します。みんな嬉しそうにやっていますよ。セミナーが終わると、すぐにみんなで伝道に出かけます。

 

    大橋
  1. うちは3分です。同じですね。救われる前と、信じた理由と、救われた後どうなったのか、そして聖句を一つ。自分にとって鍵となった言葉はこれです、と。それを自分で書いて読んで、それなしでも語れるようになって。

 

    福田
  1. 最近救われたある人は、最初から「伝道する」という遺伝子で動いているので、タクシーに乗っている5分の間にも運転手に伝道します。それが「楽しい」って言うんですよ。満面の笑顔で。伝道のために出て行くこと自体が神の業なんですよね。上手に話せば救われるわけじゃない。私は昔よりずっと上手に話せますけど、救われてすぐの頃のほうがたくさん救われた。

 

    大橋
  1. それはね、今は聞く側が「この人はこうやって話すのが仕事なんだよ」と思って聞いているから(笑)。昨日までそこらで油売っていたような素人がやるほうが真実味がある。証の良さってそこですよね。