リーダー育成

教会増殖とリーダー育成(大橋秀夫氏との対談)

宣教戦略シンクタンク「RACネットワーク」福田充男

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特別対談:教会を生み出す教会

    福田
  1. たまねぎみたいなものですね(笑)。剥いても剥いても出てくるわけだから。

 

    大橋
  1. そうなんですよ。もう一つ危険なのは、その辺を知りつつ、いやしのミニストリーをする人がいる。それこそ一番危険だと思う。

 

    福田
  1. 人に結びついちゃいますからね。人に結びつくことがステップとなって神に結びつくという考え方もあるのですが、多くの場合、人に結びつくことが、神と直接結びつくことを妨げてしまう。

 

    大橋
  1. そうですね。いやしのミニストリーはそういう危険をもたらす可能性があります。特に日本人は、人に依存する傾向を皆持っているから。その人たちは言わば「追っかけ」になっちゃう。そして、いやしの賜物を持っていない教会の牧師にはついていかない(笑)。「うちの教会にはいやしが全くない」って。それではダメでしょう。

 

    福田
  1. 私は救われて48時間以内にインプリンティング(imprinting刷り込み)をするように心がけています。生まれて最初に見るものについていくわけですから。そのときに依存に誘う働きかけがあると、依存するようになってしまう。神と直接結びついて、神の言葉を聞いて、日常生活の中でそれを生きているモデルを見れば、「あぁ、こうなっていくんだな」と思う。週日に救われた人に「今度の日曜日に教えましょう」では遅い。その日か次の日くらいに、できればその人が伝道し始めることができるように導く。あるいは、「キリストは仕える者として来られたのだから、あなたも両親に仕えなさい」とね。そういう「行って仕えろ」っていう方向づけが必要ですよね。

 

    大橋
  1. 教会成長の中でね、一番大切なリーダーっていうのは、救われて間もない人。でもほとんどの教会では彼らをリーダーとして誰も認めようとしない。

 

    福田
  1. 広く信じられているリーダーのイメージっていうのがありますね。神学校を出て、丁稚奉公をして、補教師試験受けるっていう。そういうプロセスを通った人がリーダーだと仮定すると、救われたばかりの人はリーダーではないってことになるわけです。ところが、ゲラサで悪霊から解放された人がイエス様についていこうとしたら「家に帰って、神があなたにどんなに大きなことをしてくださったかを、話して聞かせなさい」と言われた。今日救われた人が、恵みの経験を証しできるんですよ。

  2. それができるように助けてあげるのが大切で、3年経ってからじゃあ遅い。3年も経つと、周囲の人はクリスチャンばっかりで(笑)、伝道のコンテキストから引き抜かれてしまいます。初心者だからこそできることがあるわけです。救われた直後の正しい方向づけをスキップして正しい神学を教えても、実践に結びつけるのは困難です。

 

    大橋
  1. ある統計によると、日本のクリスチャンとしての命は3年半だなんて言います。

 

    福田
  1. イエス様の公生涯と一緒ですね(笑)。

 

    大橋
  1. ある人はこう言ったんです。教会に初めて来てから、3カ月以内に6—8人の人を「○○さん」って呼べるようにならない限り、その人は信仰告白をその間にしたとしても早晩、教会を去っていきます、と。ですから、「○○さん」と呼べる関係というものが、築けるような教会を作らなければならない。そこが信仰共同体の鍵を握っているわけですよ。だからそういう意味で、スモールグループ、セルグループ、ハウスチャーチなどのグループが増殖していくことが、信仰の継承にとっても大切なんですよね。

  2. ところが多くの場合は、牧師が見る信仰共同体は、牧師を頂点にした一つの信仰共同体、まさにクモ型組織としての信仰共同体でしかないわけです。そしてスモールグループ化、セルグループ化については「共同体が破壊されるんじゃないか」という恐れを直感的に抱くわけです。 私は1977年に信徒牧会協力者というものを決めて「あんたたちに任せる」と決めて、手放しちゃった。で、福音自由教会の牧師たちの集まりの中で、「うちはこうやって信徒が牧会していますよ。伝道も教育もします。訓練もします」と言ったら、「そんなことしたら教会が分裂しちゃうよ」と、先輩のアドバイスがありましたね。だからそのとき「あぁ、もうここではこれは言うまい」と心に決めたんです(笑)。それから30年経った今、幸か不幸か、ある種の(増殖的な)分裂は起こっても、ある種の(関係悪化による)分裂は起こらない。

 

    福田
  1. 組織論の話で間違いやすいのはね、こっちはやめてこっちに行きましょう、とラディカルに(極端に)変えようとすることです。そんなに簡単にはいかない。だから、スタートスモールで、小さな、できることから手を付けていきます。自分にとってバトンを最初に渡すペテロ、ヤコブ、ヨハネは誰かということを見極めて、その人たちと時間を過ごし、共にビジョンを受け取り、スキルを与えていく。その繰り返しですよね。

 

    大橋
  1. イエス様がそうだったように、そういう人たちとともに過ごすことがとても大事なんですよね。

 

    福田
  1. たとえば、ハウスチャーチの中で育っている人は、有機的な家族として交わることでスタートしているので、教職者と信徒の壁を取っ払うということを教える必要はありません。はじめから壁がないからです。むしろ、プログラム中心の教会を見たことがないので、十字架が掛かっている建物を指差して「あれも教会なんだよ」と教えなければならないんです。